Mei Hommaさんの教育リポート

第二次世界大戦前に海外渡航した日本人についてのリサーチ⑥:天草⑴

天草の女性史研究家の方とお話するために、天草に一泊することにした。長崎県から熊本県に渡るため、口之津港からフェリーに乗って、鬼池港まで30分ほど。車も積載でき、船内も広くて綺麗な大きな船だ。私みたいにバスを乗り継いで移動する人はあまりおらず、車で港まで来てフェリーに車を載せ、また降りたら車で移動していた。普段、東京で電車と徒歩、自転車の生活をしている私には船で移動というだけでわくわくしてしまう。窓からだんだんと山々がそびえ立つ島が見えてきて、ここから少女たちが旅立って行ったのだと思う。

第二次世界大戦前に海外渡航した日本人についてのリサーチ⑤:島原⑵

 
 

口之津歴史民俗資料館で知った、からゆきさんたちの寄附により建立したという天女塔(弁天山理性院大師堂にある)を見に行くため、また地元の郷土史料家の方にもお話を伺えるということで、バスで片道二時間くらいかけて口之津から島原市中心市街地まで出かけた。島原駅から徒歩10分くらいのところに島原城があって、整然と区画された道や住居はいかにも城下町といった感じである。史料家の方は武家屋敷の名残を感じさせる立派な邸宅で親切に出迎えてくれ、奥様の手作りデザートを食べながら、貧困のために海外出稼ぎに行ったからゆきさんたちが日本の外貨獲得に貢献したこと、またその事象が起こるまでの島原の歴史について丁寧にお話してくださった。

第二次世界大戦前に海外渡航した日本人についてのリサーチ④:島原⑴

  

 

からゆきさんについて調べていて、島原市の口之津という町にずっと行きたいと思っていた。1567年に日本で初めての南蛮船が口之津に来航し、南蛮貿易港として栄え、第二次世界大戦後も船員を多く出した。そして第二次世界大戦前にはたくさんの少女が口之津港近くの風呂屋などに囲われ、ボートに乗ってそこから石炭船に乗り込んだ。口之津町自体は貿易港として栄えていたので割と裕福であったようだが、それ以外の島原地域や天草からやってきた出稼ぎ者が多く渡航したらしい。博多から長崎県の諫早まで特急に乗り、そのあとバスに2時間以上揺られて口之津に到着した。バスの中からはどこにでもあるような町の景色、南国風の木、温泉街、町と海が隣り合わせになった風景などを見ていた。

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